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2006/08/15

散るぞ悲しき

410477401401_scmzzzzzzz_1_1太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島。島を占領した米軍の兵士たちが星条旗を立てている有名な写真をご覧になったことのある方も多いでしょう。クリント・イーストウッド監督による2部作の映画もこの秋に公開されるようですね。タイトルの本は、圧倒的に優勢な米軍を相手に善戦し、名将と評された栗林忠道陸軍中将の物語です。

硫黄島は東京の南方1250キロの地点に位置する小島で、面積は世田谷区のおよそ半分。その1400キロ南には、B29爆撃機の基地・サイパンがあり、中間点となる硫黄島を失えば本土への空襲が一層激しくなります。勝つ見込みのない戦いに、大本営の命令は、「島を死守して、玉砕せよ」でした。

昭和20年2月18日、栗林率いる2万余の日本兵と米海兵隊の壮絶な戦闘が開始。日本軍は、当初「5日で落ちる」と言われていた硫黄島を36日間も持ちこたえ、敵に大損害を与えます。そこには栗林の周到な準備と断固たる統率がありました。栗林は、島中の地下に陣地を張り巡らし、通路でつないで要塞化して、持久戦に持ち込んだのです。

栗林は厳格な軍人であるいっぽうで、部下思い、家族思いでもありました。硫黄島から家族や部下に宛てて書いた多数の手紙には栗林の人柄がにじみ出ていて、読み進めるうちに目頭が熱くなってきます。戦前にアメリカに留学経験のある栗林は、両国の国力の差を肌で感じており、太平洋戦争の無謀さがわかっていました。

「彼我の物量差」によってみすみす兵を死なせる戦を悲しみながらも、「米軍に多くの死傷者を出させることで、終戦交渉を有利に働かせる」という考えを持っていたようですね。残念ながら、その思いは大本営には届かず、さらに多くの犠牲者が出るまで戦争は続けられたのです。

戦後60年が経過して、当時を知る人も少なくなりました。戦争の記憶も次第に風化していくのでしょう。本書もその一つですが、国を守るために戦った人たちの歴史を正確に記録して、戦没者を弔うとともに、その経過と結果を精査して、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう後の世代に伝えていかなければならないと思います。

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